Koda Aya Kimono-Cho (Aya Koda)

162615幸田文 きもの帖』 幸田文 著 青木玉 編(平凡社)

幸田文さんは、作家の幸田露伴の娘さん、ご自身も小説・随筆等、執筆活動をなさった方で、日常生活を着物で通されたのだとか。本の内容紹介欄には以下の記載が。

「きものはその時、その場、その気持ちで着るもの」。生涯をきもので通したきっぷのいい東京の女、幸田文が語るきものの楽しみ方。本物のおしゃれがわかる、ふだん着のきもの入門。

『しつけ帖』『台所帖』に続く、「幸田文の言葉」3冊目。別途岩波書店から出ている『幸田文全集』を底本として、キモノに係るものをまとめたもののようです。

いっとう最初の「かきあわせる」の項にあった、一節。

日本の女が長いあいだ日本の着物を着なれてきていちばん感じるものは、「かきあわせて着る楽しさ」ではないかと私は思います。上前と下前をかきあわせて着る腰の感覚です。左右の襟をかきあわせる胸もとの感覚です。(中略)和服というのは、つまり自分の心情如何で自由に自分の形をこしらえて行くところがおもしろいのだと思います。

ステキです。こうした着る際の心情(「きこなす」の項もあります)だけでなく、素材、柄行、色目、季節、小物の話、数多の着物にまつわるエピソードが織り込まれていて、たいへん興味深く読みふけることができました。どれをとっても、たいへん丁寧に穏やかな語り口でつづっていらっしゃるので、余計に親しみを覚えました。

自分自身、キモノ愛好歴かなりになりますが、何がいいの?どういいの?といったところを、上手に簡潔に説明することができず今に至っており。物書きのみなさんがどのように語ってきているのかな?といった興味で、手に取った一冊です。

まだまだ未熟につき、明快なこたえにたどり着いていませんが、「着物が好き」をきっかけに、日本に根付いている文化、習慣等々を学び、残していける日々でありたいと思います。

Kimono no Yorokobi (Mariko Hayashi)

51664WFMCAL着物の悦び きもの七転び八起き』 林真理子(新潮文庫)

あの林真理子さんも、着物好きだったそうで、着物を始めたころの思い出とともに、着物を始めてみようかという方、着物を始めたばかりの方、着物が好きな方に向けて、思いのたけをつづったキモノにまつわるエッセイ本。

彼女の財とコネクションあってして、けっこうなコレクションをそろえ、楽しんでいらっしゃる風がよくわかり、面白く読める反面、ちょっとハイソすぎて参考にするにはハードルが高すぎると感じました(笑)。

彼女がこれを書いた頃(20年近く前)と、自分の年齢がどうやら近いことがわかり、人生いろいろ、と、失笑を含む思いをめぐらせました。20年前の着物(業界?)と今とで、どれほど違いがあるか、私にはわかりませんが、世の中の差分と照らしてかんがみるのも面白いかもしれません。

さて、本編最終部「着物は楽しい、むずかしい」と題したパート、1992年に「京都織物商業組合」での講演の中で、共感を覚えたテキストを備忘録までに残します。

・着物のお蔭で、私は人生が二倍にも三倍にも、豊かになったというふうに思っています。たかが着るものだとか、布きれだというふうには私には思えないのです。(中略)新しく仕立て上がった着物に帯を合わせて、帯揚げや、帯締めをあれこれ並べてみる喜びというのは、知らない人に話しても、お分かりにならないかも知れません。けれども、それを知った者というのは、生きてることの贅沢さに触れることができるのではないかと、私は確信しております。

・(前略)ところが、二十歳の本当にキレイな女の子でも光を失ってしまうのが着物です。そこに七十歳のおばあさんが現れて、本当に息を呑むような、実に心憎いばかりの配色で、袖口から見える長襦袢の色も着物に適っていてそのしぐさも美しい。するとその七十歳のおばあさんが二十歳の女の子に勝てるというのが、私は着物だというふうに思っております。

着物が好きな方にこそ頷けるけれども、きっと、そうでない方には、ピンと来ないところなんだろうところを、たいへんスパッと表現してくださってて、気に入りましたので引用。

着物を楽しむには、現時点、若干厳しい環境下にありますが、あきらめることなく、いろいろ模索し続けます。

Crimea Sights

PhotoGrid_14196941956602015年の年始をはさんでクリミアを訪問してきました。クリミア観光スポットをドドンと案内していただいたので、備忘録的にご紹介します。

まずはヤルタのリヴァディア宮殿(Livadia Palace, Ливадийский дворец)。1945年にソ連のスターリン、イギリスのチャーチル、アメリカのルーズベルトという連合国のトップが集った「ヤルタ会談」が行われた空間。もともと、1911年にニコライ2世の夏の別荘として建てられた宮殿。現在は博物館として公開され、1階はヤルタ会談の様子の再現。2階はニコライ2世関連の家具や写真が展示されています。豪華で美しい空間です。

冬に訪れたので実感わかずながら、温暖な気候に恵まれたクリミア半島特に南沿岸は黒海屈指の保養地として知られ、かつての皇帝や貴族たちはこぞってこの地に別荘を建てたそうです(DTACウクライナ観光情報局より

なお余談ながら、クリミア中心地のシンフェロポリから南沿岸ヤルタまで、約86kmを結ぶトローリーバス(Crimean Trolleybus)は世界で最も長いトロリーバス路線なのだそうです。クリミア内の一般交通手段は主にこのトローリーバスまたはバスだそうです。

PhotoGrid_1419925565633アルプカにあるヴォロンツォフ宮殿(Alupka Palace/ Vorontsov Palace)にも訪れました。こちらは19世紀半ばにイギリス人建築家の建てた、ヴォロンツォフ伯爵の宮殿。ヤルタ会談の際、チャーチルが滞在した宮殿だそうです。

宮殿の山側がイギリスのチューダー調、海側がアラビア調と、異なる外観を持っています。過去、海を隔てたアラビア諸国との交流があったことがよくわかり、興味深かったです。内装は比較的愛らしい空間が多いように感じました。

PhotoGrid_1420132647112唯一青空の見えたこの日、やはり沿岸部のアルシュタ(Алу́шта)の街を散歩。池の像が凍り付くほどの気温ながら、陽射しを頼ってなのか、かなりの人がビーチへ繰り出していました。夏は、さぞたくさんの人でごった返しているんでしょう。

ビーチへ続く道にはお土産やさんが軒を連ね、貝細工、アクセサリー、木や石の置物、Tシャツ、冬ならではのニット手袋や靴下などなど・・・オフシーズンながらしっかり営業していました(笑)。

PhotoGrid_1420202861903クリミア戦争の舞台になったセヴァストポリも訪れました。ソ連時代に、クリミア戦争と第二次世界大戦での攻防戦の奮闘を讃え英雄都市の称号を与えられたそうです。

港周辺に、関連モニュメントがいくつも配されていて、案内されながら、歴史的知識の浅さを反省したひと時でした。。。

有名な、崖の上に建つツバメの巣を遠くから眺めることしかできなかったのが、若干残念でした!

PhotoGrid_1419950557985PhotoGrid_1419945544229<番外編> 観光名所ではないかもしれませんが、鍾乳洞(Marble Cave, Crimea)とロシア風 サウナ(バーニャ Баня)も体験してきました。

鍾乳洞はずいぶんと山の中にあり、山道の凍り付いた木々が寒々しい空間でしたが、洞内は年間一定9度だとか。こんな時期、我々以外にお客はおらず、広々とした美しい空間を独り占めできたひと時でした。

数々のクリミア名所を駆け巡って新年まで迎えたという、いってみれば怒涛の一週間でした。こんな形でむかえた2015年、楽しく幸多きものとなりますように。

あらためてクリミアの地と、私たち夫婦を迎えてくれた友人一家に感謝です!!!

【世界新聞】「クリミア半島」が世界の観光地トップ20に選ばれるほど美しい(2014年5月9日)

【毎日新聞】EU:クリミア制裁へ 投資や観光を禁止(2014年12月17日)

Crimea Visit

Crimea_012015年お正月をはさむ年末年始の一週間、クリミアに住む連れの友人宅におじゃましてきました。お宅があったのは、中心地のシンフェロポリ(Симферополь)。

滞在中、お天気に恵まれたのは元日の1日きりでしたが、初めての土地、数々の観光名所を訪れ、文化、歴史もろもろを学ぶ、よい時間をいただきました。黒海沿岸ということで、暖かい(10度くらいなんじゃない?という連れのコトバ)と信じて臨んだ旅でしたが、気温は零度周辺の日々が多く、着るモノの準備を怠った感が。。。

まずはクリミアとは、Wikipediaによれば

クリミアは黒海の北岸にある半島。面積は26,844平方キロメートル(四国より大きく、九州より小さい)、2014年1月1日時点の人口は235万3100人。

1991年の独立以来ウクライナに属していたが、2014年のクリミア危機でロシアへの編入の是非を問う住民投票が実施されて以降、帰属について国際的な係争状態にある。ロシアは自国に編入し、クリミア連邦管区を置いて実効支配しているが、ウクライナは現在も自国の領土の一部であるとしている。

 

PhotoGrid_1420062696825今回の滞在で一番印象的だったのが、大晦日夕から新年の瞬間をはさんでの夜通しパーティ。新年のお祝いには、クリスマスツリー ヨールカ(ёлка)を囲んで、家族&親しい友人でシャンパンとごちそうをいただくのが習わし、とのこと。買ってきたヨールカの生木への飾りつけもお手伝いさせてもらいました。大晦日、紅白歌合戦のような、懐メロ歌合戦が放映される中、23:55になると、プーチン大統領の演説にスイッチ、そして国歌が流れる中、新年の挨拶&乾杯です。外ではあちこちで花火が上がり、空を明るく染めて、大賑わいでした。ところ変われば、の、楽しい経験に感謝です。

また、この滞在中、テレビを見る機会が多く、興味深かったのが、この時期限定のことらしいですが、かなり古い(ソ連時代のものまで)番組を放映していた点。コメディ、ドラマなどなど。言葉がわからないながら、かえって新鮮に映像を眺めていました。

クリミアローカルワインをたくさんいただきました。特に、地名にもなっているワイナリー「マサンドラ(Массандра)」の試飲所を訪れた際には感激でした。通常辛口派とお伝えすると、うちのは甘口だけど特別だから試してごらん、といただいたワインの芳醇な香りとコクがステキで、しばらく浮かれてました☆

別途、クリミア観光編に続きます。