Angkor Wat Tour

先日、阪急交通社のツアーで、アンコールワット+シンガポールに行ってきました。「#<マリーナベイ・サンズに泊まる(5日目)>シンガポールと神秘のアンコールワット6日間」というタイトル。カンボジア・シュムリアップで3泊、アンコール遺跡群をたくさんめぐった後に、シンガポールへ移動、話題のマリーナ・ベイ・サンズに1泊して帰ってくるという盛りだくさんな旅程に興味惹かれて参加してきました。

春が近づいているとはいえ、まだまだコートが手放せない東京から、ギラギラした陽射し、うだるような暑さの空間へ、小気味よい転換でした。

アンコール遺跡群は、シュムリアップの街中に複数点在していて、ツアーだからこそ効率的にたくさんの遺跡をめぐることができ、とてもよかったです。どちらかというと、こんなにあるの・・・といった感想がこぼれそうになるほどです。

現地のガイドさんが日本語で案内してくれたおかげで、その場その場に応じた見どころを楽しむこともできました。ただでさえ、カタカナ語が複雑で覚えづらいこともあり、観光ガイドブック片手では、とても頭に入ってこなかったので助かりました。

アンコールワットは相当有名なので、ずいぶん前から認知していましたが、建物として創られた時代→ポルポト内戦の時代→現在、という歴史とともにあったことを教わり、認識をあらためました。

悠久の歴史と自然のコラボレーションという表現が適しているかどうか不明ですが、そんな遺跡群をめぐった仕上げにすこぶる最新鋭のホテル滞在。メリハリのあるオモシロ満載のよい旅行でした。参加できてよかったです。

旅の備忘録がてら、この後しばし旅程に沿ってレポートします。よろしければおつきあいください☆

The Main Building of the State Guest House, Akasaka Palace

geihinkan2016現在一般公開中の迎賓館 赤坂離宮を訪れてきました。あいにくの雨の日でしたが、行ってよかった!の満足感あふれるひと時を過ごすことができました。

世界各国の要人をお迎えし、会議、晩餐会、宿泊施設など、国際外交のステージとして活躍してきた迎賓館。一般公開では、公式利用の主な4部屋をめぐることができます。

幸い事前予約券を入手できたので、フリーで並ぶことなく(フリーの方の行列が雨の中でもすごくて驚きでした)すんなり入場。荷物チェックの上、入場券(大人1000円・中高生500円)を買い求めて本館に入ります。ことあるごとにスマホ写真を撮りあさる私にはツライことに、館内はすべて撮影禁止、調度品は壁や窓、カーテンに至るまで「お手を触れないでください」とのこと。館内、至る所に警備員の方、館内スタッフの方々が目を光らせていました。

bgei09-09迎賓館は、明治期(1909年)につくられた東宮御所が、戦後の改修を経て外国の来賓を迎える迎賓館となった(1974年)経緯があるそうです。オリジナルの東宮御所は、鹿鳴館やニコライ堂、三菱一号館を建てたイギリス人のジョサイア・コンドル Josiah Conder の弟子の片山東熊が建てたそう。

bgei09-15パッと見、きわめて西洋建築っぽいですが、館内よくよく見ると、和のテイストが隠れネタっぽくちりばめてありました。まず目立つところでは、緑青の屋根、日本の甲冑装飾が左右対に”あうん”で座り、中央部には菊の紋章。軍隊がテーマの「彩鸞の間」にもよく見ると甲冑や刀、国旗がアレンジされたモチーフが見つかります(お部屋写真は、内閣府>迎賓館・赤坂離宮の写真集から拝借しました)。

個人的には、拝観ルート最後の「羽衣の間」が気に入りました。こちら、能の演目「羽衣」をテーマにした舞踏会場のつくり、中二階にオーケストラ・ボックスがあります。天井画は「羽衣」の中でも「虚空に花ふり音楽聞こえ、霊香(れいきょう)四方(よも)に薫ず」とある唄(一部)をフランス人に描かせたものだとか。空を舞うバラの花、香炉からたちあがる煙、各種楽器といくつかぱらっと掛けられた布、と、西洋解釈満載でした。羽衣どこいった的な…(笑)。昭和の大改修時に、これを和に返すように、齊田梅亭の截金(きりがね)屏風を納めたとのこと(この屏風は一般公開時にのみ設置するレアものらしい)。こちら全部お部屋のボランティアガイドさんの受け売りです。聴く一方でしたが、おかげさまで、たいへん学びの多い、有意義な時間になりました。ちなみに、好奇心から館内の部屋数を質問したところ、セキュリティ上の秘密と、回答を拒否られました。通路に面した扉に部屋番号が見えたので、気になったんですが、妥当な返事ですね。

期間限定の一般公開なので、お土産は前庭仮設の郵便局ブース、撮影NGだったお部屋写真の切手集+クリアファイルで1260円、ついつい買い求めてしまいました☆

長くなりましたが、このへんで。ご興味のある方は、ぜひ一度足を運んでみることをおススメします。有料ですし、事前予約等手間なこともありますが、後悔しないはずです。

簡単な拝観ルート:

西門(学習院初等科の正面)から入場→本館へ入館→2Fへ→「彩鸞の間」→「花鳥の間」→「中央階段+大ホール」→「朝日の間」→「羽衣の間」→1Fへ→本館出口→主庭の噴水を鑑賞→前庭から本館正面を仰ぎ見る・本館の入口玄関を見る→出口(正門)へ

※各お部屋のボランティアガイドさんの話をがっちり聞くと、滞在時間は2時間クラスかも?単なるお部屋観賞だけなら1時間未満でまわれると思います。

Shumen 3, Bulgaria

PhotoGrid_1454098787295シュメン訪問の折、その近郊にある街でブルガリア帝国時代の遺跡めぐりができたので備忘録です。

プリスカ Pliska

シュメン市から30 kmほど外れた場所に、ブルガリア初の首都プリスカの遺跡があります。681~893年の間第1ブルガリア王国の首都でした。
この場所が首都となったのは、穏やかな高台に囲まれたこの平地が家畜の養殖に最適だったから、そして重要な道路の交差点にもなっていたことが起因しているそうです。

遺跡全貌のイメージを写真で見ると、かなりの広さの都市だったことがうかがえます。この日は雪で歩きづらく、全体像をはかるには、少しばかり難しく。そんな事情も承知してか、城跡見学のためのチケットブースは無人でした・・・。中の博物館でようやくチケット購入した形です。

城跡の説明はなかなかシンプルでしたが、ていねいに修復もされ、歩いて&見て楽しい空間でした。博物館には出土品の数々が展示され、描かれた文字や意匠などの解説が添えられていて、興味深い空間になっています。なお、ここから 1 km ほどのところにゴリャマ・バジリカという中世の教会跡も。

この時期に訪問したからこそ、人気のない空間でしたが、時期を選べば、なかなかの人の入りなのでは?と期待しました。

PhotoGrid_1454099437074マダラ Madara

こちらもシュメンから 18 kmほど。切り立った断崖に刻まれたレリーフが見どころ。なにげに世界遺産に登録されています(1979年)。

レリーフは、犬を従え、ライオンを踏みつける槍を持った騎士の姿。中世初期に描かれたものだそうで、23 m の高さにあるとのこと。現在も修復中なのか、足場が組まれています。

入口からレリーフまで、まっすぐに石の階段が組まれ、単に見学して戻るだけでよければ、15分もあれば完結してしまう、なかなかシンプルな世界遺産です。

石灰石でできた岩山なんでしょうか、見上げるようにそびえる岸壁に、レリーフが描かれているサマは、なにやらとても神秘的で、一見の価値ありと思ったのでした。マダラの街に、これ以外の観光ポイントが見当たらないのが少し残念ですが、世界遺産ですし、ちょっと立ち寄って拝んでいくのは、悪くない選択だと思います。

 

karta2_ENもう一つ、プレスラフ Preslav という街があります。こちらは第一次ブルガリア帝国が893年に遷都されたのちに栄えた都市。こちらの遺跡も見どころ満載のようですが、この度は時間切れでたどり着けず。冬は日の落ちるのが早いので、なかなか時間繰りが難しいです。時間の余裕をもって、次回リベンジができますように。

ご参考までに、ヴァルナとシュメン近郊の地図です。その間のプリスカ・マダラ・プレスラフの位置関係がつかみやすいかと。

Shumen 2, Bulgaria

PhotoGrid_1454097140411前回ブルガリア・シュメンを訪れた話をしました。続いてほんの2ポイントですがシュメン観光情報版です。

ブルガリア建国念記念碑(The Memorial ‘Fonders’ of the Bulgarian State)

1981年に建設されたブルガリア建国1300年記念碑。海抜450 mの高さにそびえています。30 km離れても見えるというシルエットはアディダスのパフォーマンスロゴのようにトンガリが連なっているだけのようですが、シュメンの街を見守るようにブルガリアのシンボル ライオンの像があり、中にはトランスフォーマーオートボットみたいな騎士の像が並んでいます。モザイクで仕上げた宗教画の描かれた面もあり、モニュメントそのものだけでも、見ごたえありです。もちろん見晴らしもバツグン。

Shumen, 543街中からこの記念碑まで、建国記念の年数と同じ1300 mの歩道が延びています。階段です。おそらく30分以上かかるのでは・・・よほど体力に自信がないとチャレンジしたくない道のり。

ご参考まで、A Brit and A Broadにこの階段を歩いた話や様々な角度からの写真が掲載されています。

PhotoGrid_1454097671904要塞(Shumen Fortress)

シュメンの街から少し外れた丘の上あります。建国記念碑とは別の丘ですが、海抜は似たようなものなので、角度をうまくすると、要塞遺跡と記念碑をひとつの写真におさめることができます。

第一次ブルガリア帝国時代に築かれた要塞。オリジナルは約3200年も前にトラキア人が建設したと考えられ、それをローマ人、ビザンチン人、ブルガリア人が拡張してきたのだそう。第二次ブルガリア帝国時代にも要所として扱われていたものの、1444年十字軍の手により破壊され、廃れた歴史をもつそうです。

なかなかよく手入れがされていて、広いながら歩きやすい空間でした。高台にあるおかげで、見晴らしも最高。車でのアクセス必須ですが、天気の良い日に散策を兼ねて出かけるにはとてもよい空間です。

Shumen 1, Bulgaria

PhotoGrid_1454100047895ブルガリア・ヴァルナからアクセスのよい古都市、シュメン Шумен を訪ねました。ヴァルナから車で1~1.5時間ほどです。

ブルガリア帝国建国の681年から1300年が経過した1981年以来、このシュメンの丘の上に、ブルガリア建国1300年記念碑がそびえています。ソフィア~ヴァルナを結ぶ高速からも、遠くからその記念碑のトンガリを簡単にみつけることができるくらい、わかりやすい街の目印です。建国記念碑ができた理由は、この街が帝国時代からある要塞都市だからなのだとか(地球の歩き方情報)。

街中には、モスク トンブル・モスク Tombul Mosque歴史博物館、作曲家のパンチョ・ヴラディギュエロフ Pancho Haralanov Vladigerovの家等、多彩な観光スポットが集まっています。また、ブルガリアで愛されているビールシュメンスコ Шуменско の工場もこちらです。

PhotoGrid_1454099120690冬の最中、気候の穏やかなヴァルナから車を走らせしばらくすると、まわりは雪原。そこへ太陽が照り付け、気温があがると、雪からたちあがった蒸気が霧のかたまりとなって、もやもやと生き物のように動き回っていました。

雪原の中で完結していると、ただ楽しい景色でしたが、道路まで侵食してきたので、ちょっとドキドキしながら写真におさめました。わかりづらいですが、一瞬視界が真っ白になりました。雪原体験の浅い身には、なかなかレアでおもしろい経験でした。呑気に写真を撮っていられる身で恐縮ですが、危険がなくてなによりです☆

今回、日帰りの旅でしたが、観光詳細お伝えすると長くなるので、複数にまたいでお届けすることとして、本日はこれにて結びとします。

Tsukiji market, Tokyo

PhotoGrid_1443511973934築地の場外市場を訪れました。

前回来たのは20年近く前かもしれません、人でごった返しているのは変わりませんが、以前よりはるかに観光客向けの施設や対応がされているように感じたのが印象的です。

築地の市場が移転する話が決まってしまいましたが、場外はこのまま残るんですね。あちこちにそんな張り紙が張ってありました。どちらの店先からも威勢のいい声が飛び交っていました。

お昼の拠点を探しながらウロウロして立ち寄ったのがつな男。お店の入り口でホタテやカキを焼いてました。そんなのを横目に見ながら、やはり私は日替わり海鮮丼(1500円)。連れは日替わり握りセット。カウンターの大将が、日替わりだから普通の赤身だからねって断ってましたが、赤身でも十分にほろっと美味しかったです。さすが「つな(→鮪)男」です。

報道記事によれば、築地市場は2016年4月には閉鎖、2016年11月7日には新しく豊洲市場が誕生するそう。新しくコトをおこすのは、何事も簡単ではないものですが、万事が発展的にまわるように、上手に進めていってほしいものです。移転後は、場外でカートが走り回る光景は見られなくなるのかもしれませんね。。。

Meiji-Jingu Shrine, Tokyo

PhotoGrid_1442566765980初秋のとある日、久しぶりに明治神宮をおとずれてきました。

小雨がぱらつく中でも、観光客は多く、特に海外からのお客様が多いように感じました。東京観光では欠かせないスポットなのでしょう。

奉納された酒樽のカベとそれに向かったワイン樽のカベ、樹齢1500年のヒノキをつかった鳥居、お参りするだけで数々の見ごたえバツグンに出会えるんですから、行きますよね。

明治神宮は明治天皇と昭憲皇太后をまつった神社で、1920年(大正9年)に建てられたそうです。広さは東京ドーム15個分。緑の多い空間ですが、100年後の自然の景観を見越した検討の結果、針葉樹ではなく照葉樹をふんだんに取り入れた境内になったのだとか。代々木界隈の緑の深さはそんな考慮から生まれたもととは、なかなか興味深いです。平成32年には鎮守100年を迎えるそう。100年先まで残すことを考えながらことを為すのも難しいですが、大切なこととも思います。

参考:明治神宮に行く前にチェックしてほしい6つのこと。見所を総まとめ!(FindTravel)

State Tretyakov Gallery

PhotoGrid_1436101245752モスクワ観光にて、トレチャコフギャラリー Tretyakov Gallery in Lavrushinsky Lane を訪問。ロシア美術の粋を集めた美術館と聞いてましたが納得です。
入り口が存外ちんまりしていたこと、かつ、エルミタージュ美術館やクレムリンと比較すると入り口までの行列が短かったことに若干驚きましたが、なんのなんの。けっこうな鑑賞時間を費やしました。

レイアウトおよび館内ガイドマップがよくできていて、各部屋の制作時期、見どころアートなどをポイントしてくれているので、しっかりした知識なくとも見逃すことなく楽しめます。ありがたや。

トレチャコフギャラリーはパーヴェル・トレチャコフという19世紀ロシアの紡績王とその兄のコレクションから発したものだそうで、いまやコレクションは13万点とのこと。トレチャコフさんについて、いましがた学んだばかりですが、そのロシア芸術蒐集の情熱には頭が下がります。

個人的には Ivan Shishkin (1832-1898) の空気の感じられるような風景画とArkhip Kuinji (1841-1910)の光の加減と空間使いが気に入りましたが、アイコンのコレクションも多数。この度、連れが面白いことを言っていました。彼の最近のブームは「ロシアの歴史を探る」なのですが、探る中(主にネット)で見つけていた絵画のほとんどが、このトレチャコフギャラリーにおさめられていて、より興味深かったのだとか。いろんな見方で楽しむことができます。

12:00-16:00の時間限定ながら併設の美術館教会にもアクセスできます。みやびやかな教会で一見の価値ありと思うので、訪問予定の方は、時間要チェックです。

参考まで: The Russian Art Gallery ←ロシアの著名な芸術家の作品を閲覧できます

Kremlin

PhotoGrid_1436209282982モスクワ観光のめだま、クレムリン観光。

クレムリンについてWikipediaより引用:

旧ロシア帝国の宮殿。「Kremlin」は、英語やフランス語などでの表記。ソビエト連邦時代にはソ連共産党の中枢が置かれたことから、ソ連共産党の別名としても用いられた。現在もロシア連邦の大統領府や大統領官邸が置かれている。正面には赤の広場がある。
ロシア語では「クレムリ」となり、「城塞」を意味する。モスクワの他、ノヴゴロド、ニジニ・ノヴゴロド、カザン、アストラハンにあるものが有名である。モスクワのクレムリンはそれらのなかでも最も有名かつ壮大なものである。城壁の総延長2.25km。20の城門を備え、内部には様々な時代の様式による宮殿や大聖堂(寺院)が林立している。モスクワのクレムリンの原型となる城塞は12世紀に築かれたと考えられている。

かねてからお奨めを受けていた武器庫(The Armoury)にはぜひ!と思ったので、朝いちばんにチケットオフィスへ。武器庫だけは専用ブースになっていて、別売り(750rbl)。時間単位で武器庫に入れる人数を管理しているそうで、要注意。この度は無事に10時ワクで入れました。
武器庫とは名ばかり、ロシア帝国所蔵のお宝の数々を陳列している博物館です。王冠、王座、装飾品やイースターエッグ、ドレス、馬車等豪華絢爛な品々が目を楽しませてくれます。せっかくなので英語版オーディオガイド(有料)を借りて1時間強、堪能しました。写真撮影禁止なのが残念です。武器庫内にダイヤモンド庫も別途あり(別途有料500rbl)、こちらは開館時間が都合と合わず見送り。
その都合とは、衛兵交代イベントです。毎日?12時に、衛兵行進イベントをやってるそうで、20分前から広場に陣取ってスタンバイ。教会の鐘、ブラスバンド、歩哨、騎馬兵、どれをとっても、たいへん見事なパレードを楽しむことができました。歩哨の集団行動、銃を携えた足さばき、手さばきが秀逸。心底感動しました。タイムリーに所望の物を手に入れて至極満足。

kremlin-eagleラッキーついでに、クレムリン内のカラス駆除のために飼っているというワシ?とのツーショットを撮らせていただくことができました。ツーリスト万歳。
その後クレムリン内部の聖堂めぐり。5つの聖堂を渡り歩きました。聖堂内はアイコン満載、撮影禁止。ロシア正教に詳しい方にはヨダレものなのだろうな、と思いつつ、聖堂内のガイドマップをもらうだけで精一杯になっていました。屋外30度は、体力的にもこたえます。。

プーチン大統領の執務室のある棟にはアクセスできず。広い空間、歩行者用のガイドのあるエリアをはみ出ると、守衛が鋭い笛の音と怒声で警告します。外はピーカンギラギラの陽射し30度の空のもと、制服をバリっと着て警備に徹底する仕事ぶりに感心。この日はホール(クレムリン内にボリショイ第二劇場がある)でバレエ白鳥の湖の公演があるそうで、着飾った女性たちがちらほらと見えました。
ロシアの中心 クレムリン訪問、いい経験できました!

Moscow Sights

PhotoGrid_1436204298614ロシアの首都 モスクワ観光に行ってきました。街の大きさ、人の多さ、クレムリンの大きさ、スケールが大きくてびっくりでした。2泊3日あっても、クレムリンとトレチャコフギャラリーを訪れただけで、満腹モード。事前に多少の下調べをしていたものの、距離的に渡りきれないことを実感、断念多数。それでもけっこうしこたま歩きました。モスクワとサンクトペテルブルグのいちばんの違い→地下鉄の駅間の距離。サンクトペテルブルグのノリで歩いたら、へとへとになりました。。

さて、Wikipediaによれば:

モスクワはロシア連邦の首都。連邦市として市単独でロシア連邦を構成する83の連邦構成主体のひとつ、周囲を占めるモスクワ州の州都でもある。人口は約1150万人でヨーロッパで最も人口の多い都市であり、世界有数の世界都市である。市域面積2,511平方 km、市の中心をモスクワ川が蛇行しながら流れる。市内の地理はいたって明瞭で、クレムリンを中心に同心円状に展開、幹線道路はクレムリンから放射状に延びている。

PhotoGrid_1436207416779クレムリンMoscow Kremlin (Moskovsky Kreml) の正面が赤の広場。広場周辺にはグム百貨店 GUM Department Store (Glavny Universalny Magazin) や聖ワシリイ大聖堂 St. Basil’s Cathedral 、レーニン廟と数々の見どころが集まっています。ロシアの大掛かりなイベントは、この赤の広場で行われるだけあって、ものすごい広さです。端から端までわき目も振らずに歩いても15分くらいかかるかと。

赤の広場、ロシア名を直訳してその名で通ってますが、もともとは「美しい」の意味で呼ばれていたのだとか。今はクレムリンの壁も赤いけれども、かつては赤くなかったんだよ、と教えてもらいました。色が持つ意味もさまざまなので、正しく知ることの大切さを覚えました。

赤の広場、陽が落ちても、正面のグム百貨店からギラギラのライトでクレムリンを照らしているので明るいです。グム百貨店もディズニーランドのクリスタル・パレスを彷彿とさせる電飾(グムの方がはるかに大きいのでどちらがオリジナルやら)で夜映えします。夜の赤の広場も見事です。さすがロシアの首都モスクワの中枢、ダイナミックという言葉を形にするとこんな感じかな、というのを体感させられました。※モスクワ編、観光先別でこの後いくつか続きます。