Sea of Rocks, Felsenmeer

PhotoGrid_1428244128844イースター当日は、近所のFelsenmeerで、ちょっとした岩登りのアクティビティを楽しみました。Odenwaldというこの辺を囲む山々の中、Reichenbach (Lauter)にあって、家から車で30分程度のところです。Geoparkとして登録されているスポットで、家族向けのレクレーション施設として無料公開されているそうです。

Felsenmeerはドイツ語で岩の海という意味があるそうです。その名のとおり、山の斜面に大きな岩がゴロゴロしています。岩斜面の両側に迂回コースも設置してあるので、老若男女問わず、楽しむことのできる空間です。

ローマ時代にここで石の切り出しを行っていた記録があるそうで、文化遺産的な価値もある空間のようです。麓に切り出し器具の鋸(たぶんレプリカ)がかざってありました。頂上の方には、どこかの柱に使う予定だったであろうドデカい円柱の切れ端があります。単なる遊び気分で岩登りを楽しんでいても、ちょっと厳めしい雰囲気をもった、こんな過去の仕事を見ると、ちょっとした敬意をもって、見直してみたくなる心理が起こるのが面白いものだなと思いました。

麓と頂上に、ちょっとした小屋があって、軽食を楽しむことができます。ひと汗かいた後に、頂上でいただいたビールが美味しかったです!

Dusseldorf, Germany

3月29日午前2時を境に、ヨーロッパの夏時間が始まりました。これからしばらく、日本との時差が7時間です(東京の午後2時がドイツの朝7時)。
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イースター休暇を利用して、一泊二日でデュッセルドルフを旅してきました(2015/04/03-04)。

デュッセルドルフは、ドイツの西側、街中をライン川が流れています。人口約60万人、うち在留邦人は約6000人(2009年)、ヨーロッパではロンドン・パリに次いで3位の規模の日本人街を持つ街なのだそうです。日本企業の進出数もかなりのものらしく、日本人ビジネスマンが生活するための環境がかなり整っている風な点が、たいへん興味深くのぞみました。

以下、ドイツニュースダイジェストからの引用

陸、水、空のインフラが充実し、企業にとって理想的なビジネス環境が整うこの街には、約450社の日本企業が進出しており、日本企業や日本レストラン、スーパーマーケット、本屋などがずらりと建ち並ぶ中央駅前のインマーマン通りは、まさしくリトル・ジャパンの様相を呈している。また、常に流行のファッションを発信し続ける瀟洒な通りケーニヒス・アレー(通称「ケー」)や、ドイツに古くから伝わる風習で街の大イベントであるカーニバルなど、経済面だけでなく文化や娯楽面でも発達している。

まずはお友だちから勧められたラインタワー Rhine Tower (Rheinturm)へ。高さ234mとのことですが、展望フロアは168m。360度見渡すことができるので、デュッセルドルフの街のつくりがよくわかります。この展望フロア、窓ガラスが斜めに設置してあって、足元がいい感じに見えます。高所恐怖症の方は、あまり嬉しくない構造かもしれませんが、展望写真を撮るにはもってこいです。

続いて旧市街’(Altstadt)。タワーから見下ろせるライン川河畔に立ち並ぶカフェバーを横目に見ながらほどなくして到着します。旧市街は約260軒ものレストランや居酒屋が集まることから、「世界で一番長いバーカウンター」という異名を持っているんだそうです。デュッセルドルフご自慢の?アルトビールの醸造所も集まっていて、観光地らしい賑わいを楽しみました。個人的には、アルトビールはあまり好きではなかったです。一杯試した後、ピルスで通しました。ごめんなさい。。

PhotoGrid_1428171296760旧市街の中、ユニコーンのロゴを冠したかわいいカフェをみつけました(Zum Goldenen Einhorn)。ケーキのホールのサイズがばかでかくてびっくりでしたが、一人分は、1/20くらいの程よいサイズで提供されたので安心しました。

目抜き通りのケーニヒスアレーは、イースター休暇でお休みなので、高級ブティックのショーウィンドーを横目に通過。日本人街とウワサのインマーマン通り(Immermannstr. )へゴハンを食べに行きました。

PhotoGrid_1428105564002日本人街と聞いて、私がイメージしたのが横浜中華街の和風版だったのですが、さすがにあそこまで観光モードに徹底しておらず、それでも十二分に日本人に親しみのあるサービスを提供してくれるゴハンどころを堪能しました。

匠 Takumi Düsseldorf二代目匠-TAKUMI-豚骨 Takumi 2nd Tonkotsu。どちらもラーメンがメインのお店ですが、入りたかった串亭 Kushitei という居酒屋が予約満席だったり夕方営業オンリーで入れずにこちらを利用。どちらもけっこうな人の入りでした。東洋人と現地人と半々くらいでしょうか。意外とみなさんラーメン的なゴハンも召し上がるんだな、と、逆に感心しました。メニューは日本語メイン、オーダーも日本語歓迎で、嬉しかったです(やはりドイツ語をちゃんと勉強しないといけません)。そしてお店にドイツニュースダイジェストをはじめ、日本人のためのドイツ語講座やら数々の支援アイテムが配されていたことに感動しました。

二日目はイースター休暇中とはいえ、ありがたいことに普通の土曜日でお店は営業していて、日本食材を扱う松竹 SHOCHIKUというスーパーに立ち寄りました。別に通常家で日本食材の食事をしてるわけでもしたいわけでもないのに、ブルドックソースだとか焼肉のたれだとかが商品棚に並んでいることに興奮してる自分がいました。ビョーキです(笑)。しかし、日本の酒類(サケとか焼酎とか)が関税の影響か、どえらい高価でびっくりしました。

日本を懐かしがってばかりいないで、そろそろ何か、こちらで私ができることを始めないと、と、思いつつある今日この頃です。

The Städel Museum in Frankfurt

PhotoGrid_1427553154938お友だちから、「印象派に興味があれば、おススメだよ」と聞いたので、フランクフルトのシュテーデル美術館を訪れました。

フランクフルト中央駅から、マイン川を越えて間もない川沿いにある立派な美術館で、フェルメールの「地理学者」を置いていることで有名らしいです。が、本日のお目当ては、こちらの創設者であるシュテーデルさんが、ご自身のコレクションを寄贈して200年を記念した企画展 “MONET und die Geburt des Impressionisms” です。モネの作品を中心に、印象派の作品を多数、楽しんできました。

目玉は、モネの大型作品なんでしょうか。正直、日本人が喜ぶモネ作品は少なかったように思いました(すみません)。とはいえ、いくつかの主だった時代背景とテーマで括って展示してあって、企画者の趣向をふまえて、モネ、ピサロ、ルノアール、ドガなど、数々の印象派作品を満喫できました。

ただ、日本国内の美術展に行き慣れているからなのか、展示札(作品名・作者・作成年等を示したパネル)が、ドイツ語・英語で書かれていて、字も細かくて読みづらく、ちょっとがんばって読んでしまったが故に、企画展エリアを出ただけで、どえらい疲労感でした。。。

土曜日のせいなのか、10時オープンの直後に入ったにもかかわらず、けっこうな人、お昼近くには、さらにヒトひと人でした。ドイツ語availableな皆さんは、オーディオガイドを持った方がやたら多かったです。企画展内のドイツ語、英語ツアーガイドなどもあるようで、ほかの観光地の有名な美術館よりは、ずいぶんと混み合ったイメージを受けました。企画展のチケット(常設展込み)大人2枚で14ユーロ、まずまずの価格感です。この企画、2015年6月21日までやってるそうですから、フランクフルトでストップオーバー等、時間つぶししたい方には、もってこいのチャンスかと。

せっかくなので、常設展も拝見(企画展とフロアが異なります)。宗教画が大量にある中に、フェルメール(Johannes Vermeer)の『地理学者 (Der Geograph)』があったり、ボッティチェリ(Sandro Botticelli)の『女性理想像 (Weibliches Idealbildnis)』があったり。けっこう広い大量なコレクションの中で、個人的にヒットな作品を見つけるのも宝探し感覚で楽しかったです(その分、疲弊もします)。館内マップもあるのですが、これがまた、非常に不案内なので(美術館のカタログの表紙にフェルメールの地理学者を使っているのに、館内マップに載せないって、意味不明ですよね)、使いませんでした。

ランチは、近くのSchweizerstrでみつけた、イタリアン『Trinco』にて。小さなお店ながら、気さくなお兄さんが手早く美味しいピザやパスタを出してくれました。珍しさに任せて、Pizza Tandori(タンドリーチキンの乗ったピザ)をいただきました。その後、ちょっと散歩してCafe 『La Maison du Pain』でコーヒーブレイク。マジパン入りのクロワッサンとコーヒー、ご想像どおり、簡単に満腹になります。

朝から活動して、芸術堪能、舌も堪能、お腹いっぱい楽しんだ一日でした。東京は桜も開花、20度くらいでぽかぽか陽気だそうですが、こちらはまだ昼間でも10度程度。お日さまのおかげで若干ぽかぽか気分も味わえますが、まだ冬のコートは手放せません。それでも、桜に近いバラ科と思われる木々が力いっぱい花開いている姿をみかけることができるようになりました。嬉しいです。タンポポも見つけた!春本番は近いです。

観光当日にブログアップできるなんて、ほんとうに稀。今後も、時間の上手な使い方を心がけたいです!

Ume Grove in Ikegami

ikegami_ume2015東京滞在の振り返り。

池上本門寺の一角(大田区が管理する別の敷地です)にある池上梅園を訪問。一昨年リニューアルしたそうで、歩きやすく、花見を楽しみやすい空間になっていました。この度うかがったのは2月27日(金)。入り口に7分咲きの看板あり。十分に楽しめる空間ながら入園料が100円というのもありがたかったです。梅が見ごろの頃だからか、甘酒やお汁粉の販売も行っていて、ちょっと小腹を満たすこともできました。

以下、池上梅園紹介(大田区ホームページ)より引用

池上梅園は丘陵傾斜を利用した庭園で、都内屈指の梅の名所です。園内には30種、紅白約370本の梅が植えられています。
毎年2月から3月にかけて梅の花が見ごろを迎え、可憐な花と春の芳香が楽しめます。
また、珍しい水琴窟やこの季節ならではの雪吊りもご覧いただけます。
平成25年2月に見晴台へつながるデッキが新たに設置され、より梅の花を楽しんでいただきやすくなりました。

それぞれの梅には梅の名前の入った札が下げてあり、ちょっとした勉強にもなりました。梅は香りがあるから余計に楽しいです。梅は大田区の花なのだそうです。大田区生まれの自分には、なにげに初めて知る事実でした。これを機会に、余計に梅に対する愛着が生まれました。

Korin’s Art in Atami

eb2254cd087f22d9bb3a87e3c82ede68東京滞在の振返り、河津旅の続きです。

河津桜を見たアシで、伊豆北川にある吉祥CARENで一泊、翌朝から雨だったので、当初予定の湯河原梅林鑑賞をあきらめ、熱海のMOA美術館を訪問しました。このたびの企画展は「燕子花と紅白梅 光琳アート 光琳と現代美術」。今年2015年は尾形光琳(1658-1716)の没後300年だそうで、これを記念した特別展です。尾形光琳の代表作、燕子花と紅白梅の屏風2つが対面状態で飾られていました。この2つがそろうのは、56年ぶりのことだとか。圧巻の屏風を眺めつつも、似たような(雨で行先なし)境遇の観光客がひとつ空間に押し寄せていて、ここは東京か?と言いたくなるような混み具合でした。。。

没後100年、200年と、過去、その度に光琳を仰いだ方々が、企画をおこしていたことなどを拝見すると、光琳芸術とその階層(ヒエラルキー?)に、あらためて頭が下がります。

話はそれますが、こちらMOA美術館の企画展とは別に、京都では琳派400年記念祭「RIMPA2015」というのをやってるそうです。有名な風神雷神図を書いた俵屋宗達(生没年不詳)と本阿弥光悦(1558~1637)が活躍した時代、1615年を琳派元年とした上での経過400年を記念しての事業なのだとか。年の数え方にはへぇ~の感を覚えますが、似通った内容にして別の旗を同じ年に企画している点に、興味を覚えました。

※琳派は尾形光琳から派生した名称ながら、そのルーツにあたる、俵屋宗達・本阿弥光悦にさかのぼって、すべて琳派と呼ぶのが、現在の一般的な理解なのだそうです(Wikipediaより)。

またまた別の話題、このたびお世話になった吉祥CARENについて。

もともと、つるや吉祥亭の別館だったものが一昨年?改装オープンしたそうで、モダンな雰囲気の心地よい空間でした。熱川駅から定期的にシャトルバス(予約不要)もあり、アクセスに不便なし。チェックイン時にお部屋へ案内してくださる方が、館内サービスを一枚にまとめた用紙とともに説明くださり、各種あるサービス内容も明快。本館との間を往来する車もあり、館内の温泉を複数堪能できました。あいにくお天気には恵まれず、海の向こう沖に見えるはずの島々には挨拶できずじまいでしたが、波の音を聞きながらお湯につかる贅沢を堪能できて満足でした。夕飯時のデザートに、サイフォンでコーヒーを淹れていただいたのが、とても久しぶりで嬉しかったです。帰りのアシも、熱海方面に乗るとお伝えしたら、シャトルバス時間外にもかかわらず、伊豆大川駅まで送っていただく心遣いもいただき、感謝でした。ただ残念ながら、ネット環境はからきしでした。まだ伊豆エリアのWiFi環境はこれから開拓なのでしょうか。伊豆はおいしくて海もきれいで楽しい土地なので、がんばってほしいです。

Kawazu Cherry Trees

kawazu-sakura2015先月東京滞在中の振り返り。

伊豆方面へ足をのばし、河津の桜を楽しんできました。2月25日(水) 晴天、満開ちょっと手前(7分咲き)。平日だというのに、人出も十二分、道沿いの売店の賑わいも十二分。河津川の両側がピンクに染まり、桜の足元には黄色い菜の花。うららかな春の景色を存分に堪能した一日でした。こちらのマップ付パンフがあちこちで配られていて、散策するのにたいへん助かりました。

河津桜まつりサイトによれば…

伊豆の温暖な気候と早咲きの特色を生かし毎年2月上旬から開花しはじめ約1ヶ月を経て満開。この桜は、本州でも早咲きの種類に分類され、更に満開を長く維持できる特徴。数年前までは無名のカワヅザクラもここ数年で全国に浸透し、まつり期間中は200万人前後が訪れる名所になった。また、ライトアップもされ夜桜見物も楽しめ、町内の館橋から浜橋まで300m、峰温泉の河津桜トンネル、河津七滝ループ橋3ヵ所と名木(車の桜、音蔵の桜、かじやの桜、今井浜の桜)の4ヶ所で楽しめる。また、9時から17時まで無料の足湯も利用でき、花見での散策疲れにも、ぜひ利用したい。

駅から川沿いを2キロ程度の桜並木を楽しみながら散策ができて、ひと足早く春を満喫しているかのような気分でした。沿道あちこちで、干物やらみかん各種やら、その他かずかずの食べ物お土産を見ながら歩けば、時間は飛ぶように流れます。現地到着時点で時刻表を見て、オシリの時間を決めていたので、結果的に何も買わず(買えず?)に電車に飛び乗ることになりました。ゴメンナサイ。。

でも、河津で見る河津桜はおススメです。この圧巻の桜並木は、そうそうないと思います。未踏の方には特に。河津は遠いと言わず、ぜひシーズンに足を運んでみていただきたいです。この時期、伊豆急で往復割引切符なども出しているので、そういったものも活用して、ひと足早い春を味わいに、お出かけしてみてください!

※河津桜まつりは3/10までで、すでに満開過ぎたエリアもあるようですが、まだまだこれから楽しめるエリアもあるようです。詳しくは河津桜情報Blogでどうぞ。

Doll’s Festival

hinamatsuri20153月3日は、ひな祭り。お内裏様とお雛様、三人官女に五人囃子。お雛様を飾って、家族みんなで母お手製のちらし寿司をいただくのが、私の実家の毎年の習慣です。

今年は2月28日に、いただきました(私は3月3日時点、ドイツにおります)。身内に不幸がありまして、一時的に帰省していました。先般、お世話になった皆さまには、あらためて感謝申し上げます(連絡できなかった皆さん、すみません)。このたびの東京滞在中も、いくつかお楽しみも堪能させていただきました。お楽しみなんて不謹慎な気もしますが、きっかけをいただいたことを感謝しつつ、時間を満喫することがお返しと考えています。本当にありがとうございました。

さて、ひな祭りの由来について、説明する面白いページを見つけました。以下かいつまんで引用します。

ひな祭りのおはなし(フレッツ光メンバースクラブ)

ひな祭りの由来が流し雛のように、ヒトガタに穢れをうつし、水に流して身を清める「禊(みそぎ)」にはじまり、現在のようなひな人形を飾る女の子の節句として体系だったのは、戦国時代の終わった徳川幕府の治世のことだそうです。また、人形づくりの技術の発展とともに、人形は流すものから飾るものに移り変わっていったのだとか。

内裏雛の並べ方、京都が特別違うとのお話は聞いていましたが、ルーツは昭和天皇にあったそうです。内裏(だいり)とは天皇の住まい(御所)のこと、内裏びなは天皇、皇后の姿をあらわしたもの。日本古来は、左上位の考え方により向かって右に男びな、左に女びな(人形側から見て、左上位で左に男びな)。しかし、昭和天皇が国際マナーにのっとり右上位に並ぶようになってから、向かって左が男びなになったのだそうです。なお、京都は古来を守っている。

春を無事に迎えられたことを喜び、“これからも皆が元気で過ごせますように”と願うひな祭りの行事食についても触れています。菱餅は、明治時代に下から緑・白・桃色の三色になったそうで、“雪の下には新芽が芽吹き、桃の花が咲いている”春の情景を表現しているそう。この菱餅を砕いて作ったのが、ひなあられの始まりだとか。ハマグリのお吸い物は、はまぐりの2枚貝がぴったり合う点から、相性の良い相手と結ばれ、睦まじく過ごすことへ願いを込めている。ちらし寿司にいたっては、特にひな祭りのいわれはないそうです。ただ、エビやレンコンなどの縁起物が具になっていて、彩り華やかなことが、春の食卓にふさわしいことで愛好されているそうです。

Crimea Sights

PhotoGrid_14196941956602015年の年始をはさんでクリミアを訪問してきました。クリミア観光スポットをドドンと案内していただいたので、備忘録的にご紹介します。

まずはヤルタのリヴァディア宮殿(Livadia Palace, Ливадийский дворец)。1945年にソ連のスターリン、イギリスのチャーチル、アメリカのルーズベルトという連合国のトップが集った「ヤルタ会談」が行われた空間。もともと、1911年にニコライ2世の夏の別荘として建てられた宮殿。現在は博物館として公開され、1階はヤルタ会談の様子の再現。2階はニコライ2世関連の家具や写真が展示されています。豪華で美しい空間です。

冬に訪れたので実感わかずながら、温暖な気候に恵まれたクリミア半島特に南沿岸は黒海屈指の保養地として知られ、かつての皇帝や貴族たちはこぞってこの地に別荘を建てたそうです(DTACウクライナ観光情報局より

なお余談ながら、クリミア中心地のシンフェロポリから南沿岸ヤルタまで、約86kmを結ぶトローリーバス(Crimean Trolleybus)は世界で最も長いトロリーバス路線なのだそうです。クリミア内の一般交通手段は主にこのトローリーバスまたはバスだそうです。

PhotoGrid_1419925565633アルプカにあるヴォロンツォフ宮殿(Alupka Palace/ Vorontsov Palace)にも訪れました。こちらは19世紀半ばにイギリス人建築家の建てた、ヴォロンツォフ伯爵の宮殿。ヤルタ会談の際、チャーチルが滞在した宮殿だそうです。

宮殿の山側がイギリスのチューダー調、海側がアラビア調と、異なる外観を持っています。過去、海を隔てたアラビア諸国との交流があったことがよくわかり、興味深かったです。内装は比較的愛らしい空間が多いように感じました。

PhotoGrid_1420132647112唯一青空の見えたこの日、やはり沿岸部のアルシュタ(Алу́шта)の街を散歩。池の像が凍り付くほどの気温ながら、陽射しを頼ってなのか、かなりの人がビーチへ繰り出していました。夏は、さぞたくさんの人でごった返しているんでしょう。

ビーチへ続く道にはお土産やさんが軒を連ね、貝細工、アクセサリー、木や石の置物、Tシャツ、冬ならではのニット手袋や靴下などなど・・・オフシーズンながらしっかり営業していました(笑)。

PhotoGrid_1420202861903クリミア戦争の舞台になったセヴァストポリも訪れました。ソ連時代に、クリミア戦争と第二次世界大戦での攻防戦の奮闘を讃え英雄都市の称号を与えられたそうです。

港周辺に、関連モニュメントがいくつも配されていて、案内されながら、歴史的知識の浅さを反省したひと時でした。。。

有名な、崖の上に建つツバメの巣を遠くから眺めることしかできなかったのが、若干残念でした!

PhotoGrid_1419950557985PhotoGrid_1419945544229<番外編> 観光名所ではないかもしれませんが、鍾乳洞(Marble Cave, Crimea)とロシア風 サウナ(バーニャ Баня)も体験してきました。

鍾乳洞はずいぶんと山の中にあり、山道の凍り付いた木々が寒々しい空間でしたが、洞内は年間一定9度だとか。こんな時期、我々以外にお客はおらず、広々とした美しい空間を独り占めできたひと時でした。

数々のクリミア名所を駆け巡って新年まで迎えたという、いってみれば怒涛の一週間でした。こんな形でむかえた2015年、楽しく幸多きものとなりますように。

あらためてクリミアの地と、私たち夫婦を迎えてくれた友人一家に感謝です!!!

【世界新聞】「クリミア半島」が世界の観光地トップ20に選ばれるほど美しい(2014年5月9日)

【毎日新聞】EU:クリミア制裁へ 投資や観光を禁止(2014年12月17日)

Crimea Visit

Crimea_012015年お正月をはさむ年末年始の一週間、クリミアに住む連れの友人宅におじゃましてきました。お宅があったのは、中心地のシンフェロポリ(Симферополь)。

滞在中、お天気に恵まれたのは元日の1日きりでしたが、初めての土地、数々の観光名所を訪れ、文化、歴史もろもろを学ぶ、よい時間をいただきました。黒海沿岸ということで、暖かい(10度くらいなんじゃない?という連れのコトバ)と信じて臨んだ旅でしたが、気温は零度周辺の日々が多く、着るモノの準備を怠った感が。。。

まずはクリミアとは、Wikipediaによれば

クリミアは黒海の北岸にある半島。面積は26,844平方キロメートル(四国より大きく、九州より小さい)、2014年1月1日時点の人口は235万3100人。

1991年の独立以来ウクライナに属していたが、2014年のクリミア危機でロシアへの編入の是非を問う住民投票が実施されて以降、帰属について国際的な係争状態にある。ロシアは自国に編入し、クリミア連邦管区を置いて実効支配しているが、ウクライナは現在も自国の領土の一部であるとしている。

 

PhotoGrid_1420062696825今回の滞在で一番印象的だったのが、大晦日夕から新年の瞬間をはさんでの夜通しパーティ。新年のお祝いには、クリスマスツリー ヨールカ(ёлка)を囲んで、家族&親しい友人でシャンパンとごちそうをいただくのが習わし、とのこと。買ってきたヨールカの生木への飾りつけもお手伝いさせてもらいました。大晦日、紅白歌合戦のような、懐メロ歌合戦が放映される中、23:55になると、プーチン大統領の演説にスイッチ、そして国歌が流れる中、新年の挨拶&乾杯です。外ではあちこちで花火が上がり、空を明るく染めて、大賑わいでした。ところ変われば、の、楽しい経験に感謝です。

また、この滞在中、テレビを見る機会が多く、興味深かったのが、この時期限定のことらしいですが、かなり古い(ソ連時代のものまで)番組を放映していた点。コメディ、ドラマなどなど。言葉がわからないながら、かえって新鮮に映像を眺めていました。

クリミアローカルワインをたくさんいただきました。特に、地名にもなっているワイナリー「マサンドラ(Массандра)」の試飲所を訪れた際には感激でした。通常辛口派とお伝えすると、うちのは甘口だけど特別だから試してごらん、といただいたワインの芳醇な香りとコクがステキで、しばらく浮かれてました☆

別途、クリミア観光編に続きます。

Saint Petersburg, Russia

20141208-SaintPetersburgしばらく間が空いてしまいました。。。ただいま、連れの実家のあるロシア、サンクトペテルブルグに滞在中です。

サンクトペテルブルグは、ヨーロッパ的な建物が立ち並び、川も美しく配置されていて、たいへん美しい街です。

が、12月の気候は、気温零度周辺で、雪が降ったりやんだり&曇り空、積もった雪も解けやすく、足元がイマイチになりがち。これから年明け、1月・2月になると、零下の気温が安定し、晴れ間の見える白銀の世界になるのだとか。北半球もずいぶん北なので、陽の上がっている時間帯は、ざっくり10:00-16:00といったところです。もうしばらくすると、私もお日さまが恋しくなるかもしれません。

一方の街中は、スーパーは24時間営業当たり前、郵便局は夜8時まで営業、マクドナルドやスターバックスも見られるものの、けっこう多彩にローカル(ファストフード)チェーンやらカフェが24時間営業もざらの勢いで展開していて、たいへん便利です。人々のアシは、車だけでなく、メトロとバス。メトロはかなり地下深くを走っているものの、確かな交通手段として愛されているそうです。こんな東京と似通った点を見つけては、ちょっとした親近感を覚えて安堵するこの頃です。

もちろんこちらはロシア語圏なので、語られる言葉から街中の表記から、すべてキリル文字を使ったロシア語です。しばし滞在を機に、ロシア語学習に着手しました。長い道のりになりそうですが、コツコツがんばります(笑)。

ひとつイベントの話。12月6日(土)の夜に、エルミタージュ美術館前の広場で、プロジェクションマッピングをやってました。雪もちらつく、どえらい寒い中にもかかわらず、ものすごい人垣が広場を埋めていました。人々の娯楽を愛するココロは、どこの国でも同様のようです☆