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Kachidoki, Tokyo

PhotoGrid_1457852326202先日、勝どきの友人宅を訪問しました。

タワーマンションの高層階に住んでいるので、ベランダからの眺めが素晴らしくて、訪れるたびに写真撮影させてもらっています。ちょうど隅田川を見下ろすことができ、左に東京タワー、右にスカイツリーがのぞめます。なんとかとケムリは高いところが好きといいますが、例にもれず高いところが好きでして☆ 写真で一目瞭然ですが、東京の夜景は本当に美しいです。

20160312-kachidokiそんな勝どき、埋め立て地であることは有名ですが、勝鬨橋がかつて橋を開くことのできた橋であることは、もう若い人たちはご存じないかもしれません。

中央区の歴史によると

勝鬨橋は、昭和15年(1940年)に隅田川河口部に築造されました。橋の中央部分を「ハ」の字型に開いて、1,000t級の大型船舶を通すことができました。勝鬨の名は、明治38年(1905年)の日露戦争の勝利を記念して、築地と月島間に新たに設けられた渡し場である「かちどきの渡し」に由来。
戦前は、1日5回開閉。戦後の昭和22年(1947年)からは1日3回、昭和36年(1961年)からは1日1回。可動部は70°まで70秒で開きました。船が通る間、晴海通りは約20分間通行止めになりました。
 生活物資などを運搬する交通手段は、昭和30年(1955年)に入ると船や鉄道から自動車に転換してゆきます。このた め、隅田川を航行する船が減少し、また勝鬨橋が渡している晴海通りの交通混雑が激しくなり、昭和45年(1970年)11月29日を最後に中止していま す。

と、隅田川の使われっぷりが、過去&現在、かなりのギャップをもって感じられる歴史を覚えることができました。

今年の11月には築地→豊洲へ魚河岸が移転する話もありますが、そんなイベントも、歴史としてどういった形で後世に刻まれるのだろうと、半分楽しみ、半分心配な状態で見守るばかりです。

こちらは2020年のオリンピック選手村と勝どきタワーマンション計画(といっても2013年の記事なので、すでに建築済のものも多数かもしれません)。

友人由来で親しみを感じた勝どき、なかなか興味深い話題が豊富で、いい勉強になります☆

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